2016年 03月 11日
あれから5年。。。
あの日も5年後の今日と同じく、曇り空で肌寒い金曜日。
突然襲った激しい揺れ。
人生初経験の震度5強。
当然、その時は知る由もないので、とうとう関東大震災が来たのか、と思った。
職場のデスクの前に立ち竦み、隣のサーバールームに被害が出ないか気が気ではない。
それにしてもやけに長時間揺れている。
自分が居る事務所は倉庫を改造したものだったので、造りは非常に頑丈。
建物に被害が出ることはないだろう。
この揺れに機器類が耐えてくれれば取り敢えず安心かな?
未体験の強烈な揺れに翻弄されながらも、頭のどこかはやけに冷静で
揺れが治まった後にどのように動くかを考え始めて居た。
漸く揺れが治まり、数瞬の間をおいて我を取り戻すと矢継ぎ早に部下さんたちに指示を出す。
社内各署で異常が発生していないか?
拠点間の通信は生きているか?
サーバーのHDD等に異常が出ていないか?
自分自身も社内を走り回って建物に被害が出て居ないか確認して回った。
どうやらどこにも大きな被害が出て居ない。
良かった良かった。
それにしても震源はどこなんやろ?
とネットで情報収集。
震源地は東北沖。
マグニチュートは8.8(だったかな? 後で9に訂正された)
瞬間、昔読んだ吉村昭の「三陸海岸大津波」が脳裏をよぎる。
暫くすると携帯のワンセグTVで中継を見ていた社員が声にならない声を漏らす。
後ろから覗き込むとヘリコプターからの中継で沿岸の町が津波に呑み込まれていく映像が
映し出されている。
洒落にならんな~ すごい被害が出るのとちゃうか?
と慄然としながらも、自分の身の回りに直接的な被害が出て居なかったこともあって
どこかしら他人事めいた感覚が頭の片隅にあるのを自覚する。
そうこうしている内に通販部署の電話が段々と鳴らなくなって行った。
恐らく電話回線が輻輳を始め、繋がり難くなったのだろう。
携帯も非常に繋がり難くなっている。
時間が経ち、情報が次々と入り始めた。
都内の交通機関は全面マヒ状態。
幹線道路では渋滞が始まった。
定時を待たずして、社員を帰宅させ始める。
ワタシも残務を片づけ、同方向へ帰る部下さんのクルマに乗せて貰って
帰宅の途に着く。
自宅は平穏無事。
オーディオ類も全く無傷。
50インチのプラズマTVが僅かにずれている。
唯一の被害はテーブルの上に積上げていたCDの山が崩れただけ。
それと寝室に設置していたWE指定箱が棚の上でズッコケていた。
全くラッキーとしか云いようがないほど、何も被害ナシ。
びっくりしたよね~ と家族と日常会話を交わしながら普通に夕食を食べ、風呂に入り、TVで震災報道を眺める。
被害の全容が掴めないまでも、各所で甚大な被害が出つつあることに慄然とする。
先ほど感じた他人事、と云う感慨は無くなり、このままでは日本が立ち行かなくなるのでは、と云う恐怖感が頭を擡げ始める。
TVを点けたままベッドに入り、時折うつらうつらしながら、先の読めない苛立ちと恐怖感が心の中で段々と大きくなって来る。
いつ寝て、いつ起きたかも判然としない中、翌日を迎え、福島の原発がのっぴきならない状況に陥っていることを知る(ここらへんは記憶が曖昧なんですが。。。)
更にTVやネットで「輪番停電」というものを実施するかも知れない、との報道を見る。
なんでも東京23区以外の関東圏で時間帯と場所を区切って停電を実施するのだとか。
とんでもない話や! 仕事が出来へんようになるやんけ!
職場のIT部門の責任者であり、インフラ担当のワタシにとっては一大事。
ネットとTVで情報を収集しつつ、東電に電話して確認しようと思ったが、
話中で電話が繋がらない。
突然襲った激しい揺れ。
人生初経験の震度5強。
当然、その時は知る由もないので、とうとう関東大震災が来たのか、と思った。
職場のデスクの前に立ち竦み、隣のサーバールームに被害が出ないか気が気ではない。
それにしてもやけに長時間揺れている。
自分が居る事務所は倉庫を改造したものだったので、造りは非常に頑丈。
建物に被害が出ることはないだろう。
この揺れに機器類が耐えてくれれば取り敢えず安心かな?
未体験の強烈な揺れに翻弄されながらも、頭のどこかはやけに冷静で
揺れが治まった後にどのように動くかを考え始めて居た。
漸く揺れが治まり、数瞬の間をおいて我を取り戻すと矢継ぎ早に部下さんたちに指示を出す。
社内各署で異常が発生していないか?
拠点間の通信は生きているか?
サーバーのHDD等に異常が出ていないか?
自分自身も社内を走り回って建物に被害が出て居ないか確認して回った。
どうやらどこにも大きな被害が出て居ない。
良かった良かった。
それにしても震源はどこなんやろ?
とネットで情報収集。
震源地は東北沖。
マグニチュートは8.8(だったかな? 後で9に訂正された)
瞬間、昔読んだ吉村昭の「三陸海岸大津波」が脳裏をよぎる。
暫くすると携帯のワンセグTVで中継を見ていた社員が声にならない声を漏らす。
後ろから覗き込むとヘリコプターからの中継で沿岸の町が津波に呑み込まれていく映像が
映し出されている。
洒落にならんな~ すごい被害が出るのとちゃうか?
と慄然としながらも、自分の身の回りに直接的な被害が出て居なかったこともあって
どこかしら他人事めいた感覚が頭の片隅にあるのを自覚する。
そうこうしている内に通販部署の電話が段々と鳴らなくなって行った。
恐らく電話回線が輻輳を始め、繋がり難くなったのだろう。
携帯も非常に繋がり難くなっている。
時間が経ち、情報が次々と入り始めた。
都内の交通機関は全面マヒ状態。
幹線道路では渋滞が始まった。
定時を待たずして、社員を帰宅させ始める。
ワタシも残務を片づけ、同方向へ帰る部下さんのクルマに乗せて貰って
帰宅の途に着く。
自宅は平穏無事。
オーディオ類も全く無傷。
50インチのプラズマTVが僅かにずれている。
唯一の被害はテーブルの上に積上げていたCDの山が崩れただけ。
それと寝室に設置していたWE指定箱が棚の上でズッコケていた。
全くラッキーとしか云いようがないほど、何も被害ナシ。
びっくりしたよね~ と家族と日常会話を交わしながら普通に夕食を食べ、風呂に入り、TVで震災報道を眺める。
被害の全容が掴めないまでも、各所で甚大な被害が出つつあることに慄然とする。
先ほど感じた他人事、と云う感慨は無くなり、このままでは日本が立ち行かなくなるのでは、と云う恐怖感が頭を擡げ始める。
TVを点けたままベッドに入り、時折うつらうつらしながら、先の読めない苛立ちと恐怖感が心の中で段々と大きくなって来る。
いつ寝て、いつ起きたかも判然としない中、翌日を迎え、福島の原発がのっぴきならない状況に陥っていることを知る(ここらへんは記憶が曖昧なんですが。。。)
更にTVやネットで「輪番停電」というものを実施するかも知れない、との報道を見る。
なんでも東京23区以外の関東圏で時間帯と場所を区切って停電を実施するのだとか。
とんでもない話や! 仕事が出来へんようになるやんけ!
職場のIT部門の責任者であり、インフラ担当のワタシにとっては一大事。
ネットとTVで情報を収集しつつ、東電に電話して確認しようと思ったが、
話中で電話が繋がらない。
そうこうしているうちに職場のお偉いさんから携帯に着信。
経営幹部が集まって対策会議しているので出てくれないか、と。
情報が少ない中、会議に顔を出しても仕方がないと思ったので、
自宅の方が情報収集しやすいので、会社へは行きません。新しい情報が入り次第、逐一報告します。
話をしていると「輪番停電」のことを知らなかったので、ついでにそのことも報告。
経営幹部が集まって対策会議しているので出てくれないか、と。
情報が少ない中、会議に顔を出しても仕方がないと思ったので、
自宅の方が情報収集しやすいので、会社へは行きません。新しい情報が入り次第、逐一報告します。
話をしていると「輪番停電」のことを知らなかったので、ついでにそのことも報告。
まるでチケット争奪戦の如く、携帯と固定電話で東電へリダイヤル攻撃。
何時間かしてやっと東電のコールセンターへ繋がる。
だけど輪番停電について何等有益な情報は得られず。
担当者の方は、ご迷惑をお掛けしてスミマセン、と繰り返すばかり。
取り敢えず、東電に電話が繋がったけど有益な情報は得られず、と職場のお偉いさんに電話報告。
その後もネット等で情報収集を試みるも、やはり情報は得られず。
ワタシの右腕とも云うべき部下さんと電話で打合せ。
どうなるか判らんけど、月曜日から暫く朝6時出社で停電に備えようと。
翌日は特に動きは無く、明くる月曜日。
この日から1週間のことは余り思い出したく有りません。
精神的にも肉体的にも、キツイ1週間でした。
朝5時半に出社して、帰宅するのは午前1時過ぎ。
みんな必死でした。
必死さ故の行いだとは思うのですが、善意と悪意、本音と建て前が入り乱れ、
数分単位でネガティブな感情とポジティブな感情と行いが交錯するのは、
本当にしんどかったです。
あのような体験は二度としたくないですね。
節電のため街灯が消された通勤路を夜半過ぎに自転車で帰宅しながら、
何度か不意に涙が出て来たこともあります。
ほんとにキツイ1週間でした。
本震災の犠牲者に哀悼の意を表します。
by score1204
| 2016-03-11 21:08
| 日々雑感

